子育ての現実

出産は大きな人生のイベントといわれますが、その日より新たな命が誕生し新たな人生が始まるわけですから、生まれた後の方が実は出産そのものより大変となります。特に第一子の出産は、出産に向けた不安や気苦労も相当なものになりますが、赤ちゃんが生まれた後はどんなカップルでも新生児との対面に戸惑うはずです。例えば、子供好きなカップルでそれぞれ兄弟や甥姪が多く面倒も良く見ていたとしましょう。当然、「自分は赤ちゃんの世話に慣れている。知っている」と思うはずですが、実際には”責任が無いけど好きで世話をしていた”のと、”育てなければならない責任がある”のとで、大きな違いがあるのです。こんな比較をしたら反感を及ぼすかもしれませんが、例えば有名シェフのどんなに美味しい食事でも同じものを毎日食べていたら「食べたくない」と逃げたくなったり、どんなに料理が好きでも毎日毎日夕食を作るのは行き詰まりを感じてしまうのと似ていると思います。つまり、どんなに好きでもずっとするのは疲れるわけですが、子育てというのはまさに24時間365日の繰り返しですから、慣れるまでかなりきつい作業です。
そして、ただ月日を過ごしていっても「慣れる」ことにならないのが、子育ての辛いところです。これは、子育てが「対・別人格の人間」を相手にしていることと、一つのパターンを習熟しても相手が別段階に移行して変化し新たな課題が発生していくことが、理由です。この点では、実は子育ては、ビジネスマネジメントと似ていると思います。子育ての始めは、まず理屈の分からない小さい子供の相手から始まります。カップル時代には10分で終わった作業例えば掃除機なども、自分の意向とは関係なく途中で中断せざるえなかったり、中断を繰り返して作業完了するまで1時間もかかってしまったりが普通となります。これが、全ての他の作業でも同様となるのですから、「慣れる」までかなり精神的に苦痛を与えます。
これに「慣れた」段階とは、いわゆるマルチタスクを習得した状態でかつ計画性に優れた状態といえるでしょう。つまり、例えば肉団子を作る作業では、タネをこねている最中に何回も手を途中洗いたくないのでダンゴを作り終えるまで最初から最後まで一気にやりあげるのが、子供がいない場合は普通でしょう。ところが、子供が生まれた家庭ではそれは全く非現実的なものとなります。「途中で手を洗いたくない」と思った時点でストレス発生の確率が高くなりますから、子育てに「慣れた」状態では「手を途中で洗うことになるだろう」と一種の諦めに収まります。これは、終には「作業は全てマルチタスク化」で、洗濯物を干しながら、その途中で兄弟喧嘩の仲裁に入り、洗濯物干しに戻って終わったら庭の水まきを同時に済ませてしまう、など作業の一連性を常に念頭に入れて行動する必要があることから、「計画性」が養われます。
とはいえ、子育てはまだまだそんな大層なレベルまで社会的認知は至っておらず、お母さんと子供の戯れというイメージは大きくてもビジネスや仕事と一緒に考えられることはまずありません。キャリアをしっかり持った女性の場合、こうした子育てのイメージから専業母を貫くか働く母に挑むか悩むところです。どんな類の仕事でも言えますが、子育ても手抜きをしようとすれば沢山できて、それは時に子供の発育や人格形成に影響し結果として表されるでしょう。それを考えると、しっかり真面目に子育てに取り組んでいる人は例えそれが雇用形態上は無職であっても、きちんとビジネスと同様のスキル評価として社会的に認知されてもまんざら不正確な結果に至らないと思いつつ現在に至っています。

投資と考えて土地 倉敷市を契約しました。

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